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2010年12月22日 01:57

僕が殺したら

可能性を広げる、もしくは見せるという行為を自ら潰すと同時に

何一つ失いたくないという意思をも
殺してしまうことになるから
しない。

望まれない限りは。


そして

僕の子供っぽい部分については
少し
胸が痛い。

あえてストッパーを外していたことも
道化を演じていたことも
気を引こうとわざと増幅させたことも
全て裏目。

でも
増幅であり
ストッパーがあったことから
勿論
自分にはそういう側面も、ある。
素直に、改めようと思った。

集団の為には、必要なこと。
なんて言っても信じてもらえないだろうけど。



道化を演じるって
自分を優先したらできないからね。
笑われて、蔑まれて
おどけて
悲しい顔をして見せたら

仮面の下で上手くいったことに笑って
その下ではまた泣いて。
でも本当の自分は
どこまでも無表情かも。


自分自身は外界と遥か隔離した場所にいて
感覚が特化した自分を
前に前に出している。
まるで砂の中に身を潜めた
提灯鮟鱇みたいだね。


森も
砂漠も
城も
小屋も
森に住むものも
みんな
全部
僕の一部で
僕の全て。

届いた、よ。
届いたけど
大分
見えてない。

なんでこんなにめんどくさくなっちゃったかなあ。

人間っていう仕事は
難しい、ね。
オンオフがうわべでしか出来てないのは
僕の方。

でも
本当の意味で話す時
本当の意味で会う時だけ
僕は自分で話して
自分で会っているよ。



人間を続けることは
表現者を続けること

人間、殊
日本の人は
自己主張激しいし。




怒って、いいよ。
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