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護りたいもの

2010年05月10日 12:47

いつまで待ったら

どこまで祈れば

願いは届いて

祈りは実を結ぶの?


何を祈ってる?

あの人の幸せを。

何を信じてる?

もう信じてなんかないけど、信じたくて、信じたくてもがいてる。

自分は勝手に自滅してるだけじゃん

あの人の苦しさに比べたら

ちっとも苦しくない

何もしてないんだから・・・



幸せの数は

不幸の数よりも格段に少ないということを聞いたことがある


でも幸せも不幸も


自分が見つけた分

見出した分だけ存在するんだ

対比して比べたとしても

少なすぎるってことは

きっと、ないのだろう


自分が「幸せ」の中にいる人は

自分が幸せであることに気づかない


でも、どうだろう

外からは、なんとでも言えるよね

言うだけなら、簡単

だってその人自身じゃない

客観的にみた「評価」なんだから


幸せは

押し付けられるものじゃない

自分が

各個人が

それぞれに感じるもの

自分が「幸せ」だと感じたものが

相手にとってはそうでないケースもある


遭遇があって

触れ合いがあって

発見があって

理解があって

納得があって

和解があって

その上に

共有は存在するもの

尊いよ

なかなかできるものじゃない


今の自分のスタンスを折ることは

多分、誰にも望まれていない

でも

最悪

もしものときは・・・



鬼が笑うね

来年のことじゃないけど。


見定める。

ことの顛末を。


自己防衛なんか

私は要らない。



覚悟なら、ある。

もうあのときから

決めていること。

ただひとつ

ずっとずっと

変わらない感情。
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